
曙光会は フイリピン戦 従軍者と 戦没者遺族を中心とした者の集まりで戦争体験の記録と 日比友好親善を
目的としています
会員の投稿を主体に年( 2月 5月 8月 11月)4回 機関紙を発行(B5版 24頁)、創刊は 昭和50年11月
現在通算 143号 (平成25年3月現在)、
会員数は全国に跨り500名(25・3 現在)、機関紙購読料を含む会費として年3,000円頂いています
毎年4月には 会員相互の親睦 情報交換等を兼ねて一泊の会員総会も開催されています
平成28年 曙光会は解散 曙光会誌の発行も無くなくなりましたが 年一回の総会(一泊の懇親会は)
今後も継続 開催に決定
過去の総会は
◎昭和50年 熱海温泉 和光荘 ◎昭和52年 愛知県尾張温泉 観光ホエル
◎昭和53年 静岡県伊豆長岡温泉 富士ハイツ ◎昭和54年 神奈川県 湯河原温泉 新聞協会
◎昭和55年 京都市 洛陽荘 ◎昭和56年 那須塩原温泉 和泉屋旅館
◎唱和57年 愛知県三ケ根山 グリンホテル ◎昭和58年 神戸市 いさご旅館
◎昭和59年 浜松市舘山寺温泉 ホテル舘山寺 ◎昭和60年 東京九段会館
◎昭和61年 神奈川県湯河原温泉 万葉荘 ◎昭和62年 滋賀県長浜市 豊公荘
◎昭和63年 静岡県三保の松原 三保園ホテル ◎平成元年 愛知県西浦温泉 銀波荘
◎平成2年 奈良県 かんぽ奈良 ◎平成3年 静岡県修善寺温泉 かんぽの宿
◎平成5年 静岡県熱海温泉 かんぽの宿 ◎平成6年 静岡県熱海温泉 かんぽの宿
◎平成7年 京都市 かんぽの宿 ◎平成8年 岡山県遥照山 かんぽの宿
◎平成9年 金沢市 ファーストホテル ◎平成10年 兵庫県有馬温泉 ホテル奥の坊
◎平成11年 東京浅草 ホテルニュー魚眠荘(2泊)、◎平成12年 形原温泉〈三河湾) 山田館
◎平成13年 熱海 ホテルサン三橋、 ◎平成14年 琵琶湖畔 ホテルびわこ、
◎平成15年 三重県 鳥羽市 扇芳閣 ◎平成16年 岐阜 観光ホテル十八楼別館、
◎平成17年 東京九段会館、 ◎平成18年 浜松 オークランドシテイホテル浜松、
◎平成19年 奈良 ホテル三笠温泉、 ◎平成20年 三谷温泉 ひがきホテル〈三河湾)
◎平成21年 東京 グランドヒル市谷にて ◎平成22年 北海道 洞爺湖温泉(2泊)
◎平成23年 静岡県 三保の松原ホテル ◎平成24年 東京 グランドヒル市谷
◎平成25年 伊豆吉奈温泉 御宿さかや ◎平成26年 東京 グランドヒル市谷
◎平成27年 別所温泉上松屋 ◎平成28年 開催せず
◎平成29年 京都の予定
平成20年8月号から、以下の新スタッフで再発足することになりました
〇事務局長 本間 尚代
〇編集長 牧野 弘道
〇運営委員 11名、 私もこの運営委員の一人ですが役員の全員が遺児グループで、唯一全国規模の歴史
ある「曙光の灯」を消してはならないと考えています、新規入会大歓迎です。
○38年の歴史ある 唯一の会です

昭和20年 フイリピン レイテ島捕虜収容所で「ペン書きの新聞」が発行されていた 収容所内には活字も
印刷機もなかった
謄写版もなかった 肉筆しか方法はなかった
鉄条網に囲まれた集団社会の中で手作りの新聞が発行され、それが曙光新聞である
F
〇
F1 フイリピン収容所に輝く文化と希望の十字星
「レイテ島の曙光新聞」手作り新聞にみる捕虜生活
大岡昇平序 影山三郎 編・ 98頁・ 昭和55年11月15日発行・ 採光社
〇
F2 「レイテ島曙光新聞物語」 香内三郎解説 影山三郎編 ・昭和
55年
11月
15日発行・
438頁
・採光社
〇
F3 「レイテ島捕虜新聞」 影山三郎編 ・
339頁・ 昭和
50年
8月刊 ・立風書房
〇
F4 復刊「曙光新聞」フイリピン戦線の記録と戦後の日比交流の歩み・曙光新聞編集委員会・
平成
5年
12月発行・
843頁
昭和
50年
11月 第
1号〜平成
5年
11月 第
66号まで
○
F5 続復刊「曙光新聞」・曙光新聞編集委員会・平成
9年
8月発行・
平成
6年
2月第
67号〜平成
11年
8月 第
81号まで
〇
F6 平成
11年
11月 発行第
82号〜現在まで 3ケ月毎
(2月 5月 8月 11月
)会誌 「曙光新聞」
既発刊の「曙光会会報」に記述 寄稿されたレイテ島関連の記事
赤書は戦記の記述(濃書は生還者)
番号 |
年 |
月 |
内 容 |
投 稿 者 |
001 |
1977 |
05 |
泉会会長遺骨収集9回目レイテの旅へ |
編集者 |
002 |
|
08 |
第33特別根拠地隊 第98防空隊 柳原隊生存者名簿 |
田中 登美雄 |
003 |
1979 |
09 |
レイテに眠る父への手紙 |
伊藤 靖子 |
004 |
1980 |
01 |
慰霊巡拝の不可思議 |
編集者 |
005 |
|
07 |
遺骨44体を胸に 名古屋空港レイテ巡拝団帰る |
山田 武彦 |
006 |
|
09 |
レイテ島集骨行く 第16師団歩兵第9聯隊 |
中嶋 建之助 |
007 |
|
09 |
レイテ島の偶然 朝日新聞特派員 |
影山 三郎 |
008 |
1981 |
05 |
故三宅寅三軍医とダナオ湖 独歩12聯隊 |
渡辺 豊 |
009 |
|
08 |
カンギポット山 泉兵団戦没者慰霊団の報告 |
山田 武彦 |
010 |
|
12 |
レイテ憲兵隊長の遺族 |
山本 義民 |
011 |
|
12 |
レイテ涙雨を歌に 中川区の加藤さん |
加藤 良一 |
012 |
|
12 |
レイテ涙雨 戦後37年目の証言 |
小橋 博史 |
013 |
|
12 |
防人の詩 京都新聞社 |
編集者 |
014 |
|
12 |
厚生省援護局資料室を利用されては |
佐藤 進 |
015 |
1982 |
03 |
レイテ涙雨 |
小橋 博史 |
016 |
|
03 |
山ゆかば 歩兵第9聯隊通信隊 |
中嶋 建之助 |
017 |
|
03 |
レイテ会の奨学金発足 歩兵第57聯隊 |
長嶺 秀雄 |
018 |
|
03 |
73歳 レイテ島へ慰霊再び |
山岸なつ・上原節子 |
019 |
|
03 |
二つの歓喜峰 レイテ・ニューギニア 第35軍司令部 |
吉田 武光 |
020 |
|
09 |
ブラウエン北飛行場 レイテ再訪 |
山岸なつ |
021 |
|
09 |
輸送船 玉津丸沈没の状況@ |
編集者 |
022 |
|
12 |
輸送船 玉津丸沈没の状況A |
編集者 |
023 |
|
12 |
レイテ島輸送船団 金華丸 香椎丸 能登丸に爆撃 |
影山 三郎 |
024 |
1983 |
03 |
レイテ同生会中部大会 |
宮野 正夫 |
025 |
|
03 |
第16回レイテ同生会中部大会 |
中日新聞・57・11・9 |
026 |
|
03 |
レイテ島からの生還者「歌集 悲願」出版 独歩11聯隊 |
編集者 |
027 |
|
09 |
ビザヤ諸島終戦特使@AB |
根元 勝 |
028 |
|
09 |
鎮魂の刀が完成 |
山田 武彦 |
029 |
|
09 |
鈴木大将を偲ぶ会 58・4・19 |
渡辺 豊 |
030 |
|
12 |
パモナグ曹長夫妻 レイテ島巡拝時の現地ガイド |
山田 武彦 |
031 |
1984 |
03 |
たった二人で建てた慰霊碑独歩364大隊 |
近藤 昇吉 |
032 |
|
06 |
サマール部隊 降伏の日 垣兵団 |
西尾 忍 |
033 |
|
10 |
はぐれルソン レイテ 巡拝記 |
小園 保 |
034 |
|
10 |
カンギポット軍司令部の谷間 初めて確認 |
後藤 正男 |
035 |
|
10 |
レイテ島への輸送艦艇の最後 一等輸送艦・ss艇・金華丸 |
渡辺 豊 |
036 |
|
10 |
フイリピン関係グループ一覧表 |
村田 三郎平 |
037 |
1985 |
02 |
第18次レイテ島慰霊巡拝 |
伊藤 秀朗 |
038 |
|
08 |
カンギポット再訪 |
後藤 正男 |
039 |
1986 |
05 |
飯盒物語@AB 第35軍司令部 |
山口 喜蔵 |
040 |
|
05 |
(曙光)が選ぶ100冊 |
編集者 |
041 |
|
08 |
名古屋で5月6日 曙光小会 |
渡辺 豊 |
042 |
|
11 |
わが歌わが戦記 独歩11聯隊第2機関銃中隊生還者 |
榊原 博 |
043 |
|
11 |
レイテ島生と死の彷徨 歩兵第9聯隊 |
中嶋 建之助 |
044 |
|
11 |
レイテの山河に祈る |
泉遺族会 |
045 |
1987 |
02 |
レイテ同生会第19回蒲郡大会 |
宮野 正夫 |
046 |
|
05 |
停戦式の頃をおもう 第57聯隊 |
長嶺 秀雄 |
047 |
|
08 |
私の戦記小屋 |
添田 裕吉 |
048 |
|
08 |
慰霊の記録 |
田村 栄 |
049 |
|
11 |
レイテ島青年奨学金 第1師団レイテ会 |
長嶺 秀雄 |
050 |
|
11 |
バシー海峡 泉5316部隊第1機関銃隊 |
落合 俊彦 |
051 |
1988 |
02 |
42年ぶりにわが手に戻った「pw日記」 第1聯隊 |
石田 隆太郎 |
052 |
|
02 |
収容所の生活素描 |
根本 勝 |
053 |
|
11 |
フイリピン共和国観光大臣から表彰された山田武彦さん 中日新聞
63・8・2 |
山田 武彦 |
054 |
|
11 |
曙光すいとん会 |
渡辺 豊 |
055 |
1989 |
02 |
レイテ戦線の断末魔 陸軍装甲艇 艇長 |
北村 幸秋 |
056 |
|
02 |
カンギポットにいた人と語り会いたい 第35軍司令部 |
山口 喜蔵 |
057 |
|
02 |
第21回 レイテ同生会 天橋立大会 |
森島 宏 |
058 |
|
11 |
レイテ遺骨収集の記録「写真集」出版へ 朝日新聞64・8・24 |
泉遺族会 |
059 |
1990 |
02 |
レイテへの報恩 比に届いた眼科手術機 中日新聞64・11・10 |
渡辺 豊 |
060 |
|
05 |
レイテ同生会 蒲郡荘 泉師団病馬廠の生還者 |
宮野 正夫 |
061 |
|
05 |
孫たちの慰霊巡拝 |
森本 志づ |
062 |
|
08 |
お父さんの遺品のよう |
後藤正男 |
063 |
|
11 |
兄(陸軍)と弟(海軍)激戦のレイテで語り合う |
風岡 清 |
064 |
|
11 |
セブ・レイテ巡拝と鈴木宗作中将の渡海 |
長嶺 秀雄 |
065 |
1991 |
05 |
レイテ島の戦友たち |
宮野 正夫 |
066 |
|
08 |
レイテ慰霊巡拝団 追悼式を終えて帰国 H3・4・16中日新聞 |
後藤 正男 |
067 |
|
08 |
名古屋 第7回曙光小会 |
加藤 英雄 |
068 |
|
08 |
日米元兵士投書縁で知り合う 元米兵が慰霊碑参拝
朝日新聞 3・ 5・7 |
渡辺 豊 |
069 |
|
11 |
レイテ島民宿体験 |
釣谷 徳之助 |
070 |
|
11 |
写真集 レイテの山河に祈る |
泉遺族会 |
071 |
|
11 |
伊東特別戦車隊 |
福田清治 |
072 |
1992 |
02 |
57聯隊慰霊塔 歩兵第57聯隊 |
伊手 健一 |
073 |
|
05 |
レイテ島台風被害 |
大村 文明 |
074 |
1993 |
02 |
伊故海正男 第13聯隊第10中隊長 |
高木 美子 |
075 |
|
02 |
レイテ島日本兵手書き新聞 64枚国会図書館へ |
編集者 |
076 |
|
08 |
第5316会 鈴木重会長 |
鈴木 芳子 |
077 |
|
11 |
¨詩¨レイテ島 従軍記者 影山三郎 |
影山三郎 |
078 |
|
11 |
レイテ島 現地巡拝に7回参加して |
後藤 正男 |
079 |
|
11 |
厳然たり歓喜峰 49年隔てて声無なき生還 歩兵第1聯隊 |
石田 隆太郎 |
080 |
|
11 |
耐え抜いた苦痛と善意 日米の谷間のフイリピン人 |
伊藤 秀朗 |
081 |
|
11 |
昭和20年9月まで私はカンギポットに生きていた
第35軍司令部 |
山口 喜蔵 |
082 |
|
11 |
レイテ戦作戦日誌 第1師団玉兵団佐倉第57聯隊長 |
宮内 良夫 |
083 |
1994 |
02 |
防衛庁 史料閲覧室 ご案内 |
編集者 |
084 |
|
08 |
一兵士のレイテ戦記 歩41聯隊 |
立野 義晴 |
085 |
|
08 |
レイテ島第3労働キャンプ |
編集者 |
086 |
|
11 |
50回忌 ルソンレイテ日本政府霊園慰霊巡拝の記録 |
後藤 正男 |
087 |
|
11 |
第35軍司令部及び直轄並びに隷下各部隊50回忌合同慰霊祭 |
後藤 正男 |
088 |
|
11 |
海軍の戦車隊 海軍伊東戦車隊記録の会 |
福田 清治 |
089 |
1995 |
02 |
レイテ セブ従軍記 第35軍司令部 |
吉田 武光 |
090 |
|
08 |
私の戦後60年 泉5314部隊第2機関銃中隊 |
長坂 正一 |
091 |
|
08 |
カモテス海を巡る戦跡 船舶工兵第1野戦補充隊 |
清水 猛 |
092 |
|
08 |
終戦50周年レイテ・ルソン巡拝 H 7・3・10 |
後藤 正男 |
093 |
|
11 |
曙光新聞のおかげで父の言葉に合えました |
小林 敦子 |
094 |
|
11 |
日本兵は愛すべき捕虜だった |
編集者 |
095 |
|
11 |
レイテの語り部 歩77聯隊 |
永田 勝美 |
096 |
|
11 |
レイテの父を訪ねて |
原万理枝・鈴木宏志 |
097 |
|
11 |
昭和21年4月20日 第1師団将兵遺家族様 第1師団参謀長
岡林諄吉 |
保坂 捷子 |
098 |
|
11 |
次の世代に訴える |
後藤 正男 |
099 |
1996 |
02 |
レイテ収容所 虜囚記 第30師団通信隊長ミンダナオで終戦 |
村上 一男 |
100 |
|
05 |
私だけが知っている鈴木軍司令官の最後第35軍司令部 |
綿野 得定 |
101 |
|
05 |
第25回フイリピン戦没者遺骨収集の記録 |
栗生 よみ |
102 |
|
05 |
一兵士のレイテ戦記 歩兵第33聯隊 |
浜口 浜明 |
103 |
|
05 |
レイテより重機関銃還る |
伊藤 秀朗 |
104 |
|
08 |
航跡 船舶工兵第19聯隊 暁16703部隊 |
井田 隆 |
105 |
|
11 |
レイテに消えた薫空挺隊 地上義号隊 |
添田 裕吉 |
106 |
|
11 |
カンギポット |
山口 喜蔵 |
107 |
|
11 |
レイテ島第3労働キヤンプ |
鈴木 登米治 |
108 |
|
11 |
日比慰霊で献身ガイド 追悼エルモ・アルエン氏 |
編集者 |
109 |
|
11 |
第9回曙すいとん会 |
編集者 |
110 |
|
11 |
重機日本に還る(後日談) |
大倉 定夫 |
111 |
1997 |
02 |
幻の第36警備隊本隊 |
伊東 清雄 |
112 |
|
02 |
雨と汗の慰霊旅・比島桃陵会慰霊巡拝 京都第16師団遺族会 |
リレー日記 |
113 |
|
08 |
悲運の精鋭 歩兵第41聯隊 |
松浦 修一 |
114 |
1998 |
05 |
生と死の彷徨 中嶋 建之助氏の霊に捧げる |
編集者 |
115 |
|
08 |
一枚の写真から |
若林 節 |
116 |
|
08 |
父と叔父の慰霊旅 |
高木 美子 |
117 |
|
08 |
ブリ通信壕で慰霊祭 |
大脇 芳子 |
118 |
1999 |
11 |
戦友 山口喜蔵を偲ぶ |
吉田 武光 |
119 |
2000 |
02 |
カンギポットで自決した父を偲ぶ |
重松 正一 |
120 |
|
08 |
レイテに消えたカモテス支隊の記録 |
添田 裕吉 |
121 |
|
08 |
レイテ・メモリアル |
宮野 正夫 |
122 |
|
08 |
レイテ慰霊の旅 |
新田 和子 |
123 |
2001 |
05 |
兄が眠る島 レイテ島の子供たちを支援しています |
青木 和子 |
124 |
2002 |
02 |
門司埠頭出征兵士のメモリアル設置について |
添田 裕吉 |
125 |
|
05 |
レイテ島の乙女たちと |
木越 正太郎 |
126 |
|
05 |
レイテ島慰霊 |
重松 正一 |
127 |
2003 |
02 |
レイテ巡拝記 |
甲斐 幹雄 |
128 |
|
11 |
遺児の集いに参加して思う |
重松 正一 |
129 |
|
11 |
東海地区比島戦を語る会 語り継ごう比島戦 |
重松 正一 |
130 |
2004 |
05 |
レイテ島の戦場から遺族の元に還った軍司令官の感状 |
野田 彰二郎 |
131 |
|
05 |
山添大尉の顕彰碑 |
山下 伸一 |
132 |
|
11 |
豹兵団回顧録 |
市川 豪弐 |
133 |
|
11 |
父の戦場 レイテ島を訪れて |
新田 和子 |
134 |
2005 |
05 |
野砲第1聯隊の最後 |
慶増 完 |
135 |
|
05 |
海軍33特別根拠地隊の戦闘 |
加藤 勝美 |
136 |
|
08 |
レイテ島のこと |
桑島 正忠 |
137 |
|
10 |
レイテ島に小学校建設 |
編集者 |
138 |
|
10 |
レイテの海は蒼かった 独立戦車中隊 |
浜田 清 |
139 |
2006 |
02 |
父を偲ぶ |
重松 正一 |
140 |
|
08 |
語り部の記録 |
長坂 正一 |
141 |
|
11 |
敗軍の兵 将を語る 独歩第13聯隊 |
森田 克己 |
142 |
|
11 |
レイテ巡拝と盆供養 |
本間 尚代 |
143 |
2007 |
02 |
レイテ島戦不参の記独歩第13聯隊 |
森田 克己 |
144 |
|
05 |
遺児の思いあれこれ |
寺澤 彰英 |
145 |
|
05 |
運と兵隊 |
森田 克己 |
146 |
|
11 |
レイテ島カンギポット第35軍司令部 |
山口 喜蔵 |
147 |
|
11 |
第1師団将兵遺家族様 |
岡林諄吉 |
148 |
|
11 |
レイテ島カンギポット慰霊 |
亀井 亘 |
149 |
2008 |
02 |
海軍地上隊と陸軍航空地上隊諸隊の軍歴 |
添田 裕吉 |
150 |
|
02 |
幻の3年兵物語 |
森田 克己 |
151 |
|
05 |
隊長の食事 |
森田 克己 |
152 |
|
08 |
牧野四郎中将 比島陣中日誌第16師団長 以下の号で連載 |
牧野弘道 |
153 |
|
11 |
独立歩兵第13聯隊第三大隊の戦史(1) |
重松正一 |
154 |
|
11 |
PIC盆供養レイテ班に参加 |
江藤繁雄 |
155 |
2009 |
02 |
独立歩兵第13聯隊第三大隊の戦史(2) |
重松正一 |
156 |
|
02 |
民谷中隊マニラ出港の記録(盟兵団独歩380大隊) |
阿部孝雄 |
157 |
|
05 |
お粗末極まりないレイテの軍用地図 |
阿部孝雄 |
158 |
|
08 |
[レイテ]会に16人集う |
重松正一 |
159 |
2010 |
08 |
関大隊レイテに上陸す |
民谷四郎 |
160 |
2011 |
02 |
18人が参加し レイテ会 |
重松正一 |
161 |
|
02 |
玉津丸 慟哭の記録 |
重松正一 |
162 |
|
11 |
パロンボンの海に散骨 |
牧平興冶 |
163 |
2012 |
05 |
私にはレイテ会が三つある |
重松正一 |
164 |
|
08 |
NHK戦争証言 |
重松正一 |
創刊号(1975年11月号)から現在迄 毎号B5・ 24頁 (延べ3,000n)中から
レイテ関連のみを抜粋し上記に列記した。
レイテ戦線に従軍し奇跡的に生還され今は故人となられた貴重な
生への体験記事や 肉親が同島で戦没した遺族の思いの結集で 今後のレイテ決戦を語り継ぐ貴重な
資料と思う ご遺族には是非一読をお奨めしたい